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患者さんの声17:アクロメガリー広報センター:ノバルティスファーマ

切に望むのは、専門医の育成と新しい治療法の研究。

プロラクチノーマ 汎性下垂体機能低下症
斉藤 千恵子さん 57歳

※年齢はインタビュー当時のものです

治療歴
20歳から生理が不順になり、24歳で無月経に。20歳頃に下垂体腫瘍が発生したものと思われる。
29歳のとき、母乳が止まらなくなったことからプロラクチノーマと診断され、経鼻的顕微鏡下手術を受ける。
術後も生理が戻らなかったため、卵胞ホルモンと黄体ホルモンの補充療法を開始。また手術の影響で併発した尿崩症の治療も開始。
慢性的に倦怠感、疲労感があり、たびたび倒れる(原因は不明)。
50歳で汎性下垂体機能低下症と診断され、原因不明の症状が急性副腎不全によるものと発覚。GHなどのホルモン補充療法を開始し、体調が回復。

母乳の相談のはずが、プロラクチノーマと診断。

20歳の頃から生理不順で、結婚した24歳には1年以上生理が止まってしまっていました。しかし、その頃は生理が止まることの重大さを知らず、あまり気にしていませんでした。ただ子供はほしかったので26歳になって婦人科へ行き、排卵誘発剤で妊娠・出産しました。ところが出産から2年たっても母乳が止まりません。婦人科で相談すると「プロラクチノーマが疑われる」との診断、CT検査を受けると確かに小さな下垂体腫瘍が写っていました。

1982年当時、プロラクチノーマ治療の第一選択は手術でした。手術をしないと腫瘍が大きくなり、視力が失われ、生命にも関わるという説明を受けました。頭をよぎったのは2歳の子供のこと。「この子が大きくなるまでは何とか生き延びなくては!」。母乳が止まらない以外に何も自覚症状はなく元気なので、どこか釈然としないものを感じながらも手術に踏み切りました。

術後はずっと体調が悪く、ときどき倒れては病院へ。

術後は、戻るはずの生理も戻らず、喉が渇き、多尿になるなどの症状が起こりました。先生の態度も何かよそよそしくなりましたが、先生に嫌われてしまったら…と私も聞きたいことが聞けません。結局、先生にきちんと相談ができず、手術結果にも不安が残るまま、紹介元の病院の婦人科へ戻されました。

婦人科では、生理を起こすため、卵胞ホルモンと黄体ホルモンを補充する薬と、手術の影響で発症した尿崩症の治療薬の計3種類の薬を処方され、50歳になるまで21年間薬を飲み続けました。その間ずっと倦怠感や疲労感に悩まされ、しばしば倒れて病院へ運ばれることもありましたが、いつも原因は不明のままでした。

50歳のとき、ようやく下垂体機能低下症とわかる。

50歳のある日、新聞記事で下垂体を専門とする内分泌内科の先生が近くの大学病院にいらっしゃることを知り、訪ねました。そこで受けたMRI検査で、下垂体がほとんど残っていないことが初めてわかりました。そして、ホルモン検査では全てのホルモンが標準最低ラインか、それを下回っていたのです。病名は汎性下垂体機能低下症。それまでたびたび倒れていたのは、副腎皮質ホルモンが不足していることで起こる急性副腎不全のせいでした。

それからは、血液検査でホルモン値を毎回測定し、ホルモンを補充する治療をはじめました。すると、みるみるうち、家族も知り合いも驚くほどに元気になりました。ただそれまでの期間があまりにも長かったためか、高血圧症、脂質異常症(高脂血症)の治療は今も続けています。

患者さんへのアドバイス、そして今後望むこと。

手術で下垂体を取り過ぎたことを当時の先生が隠さずに話してくれていれば、またそのとき自分できちんと手術結果を聞くことができれば、その後のQOL(生活の質)はまったく違っていたはずです。また、近年プロラクチノーマは手術ではなく薬で治すのが主流になっていて、タイミングが悪かったという悔しさもあります。

私がこれから下垂体腫瘍の手術を受ける方々に言えることは、先生を慎重に選んでほしいということ。今は症例数の実績をインターネットで調べられます。また先生に実際に会ってみて、信頼できる病院で主治医を選ぶことも大切だと思います。

また切に願うのは、下垂体を専門とする医師の育成と新しい治療法の研究です。専門家がいなければこの分野の研究の発展は望めません。下垂体を専門とする先生方が増え、新しい治療方法の研究が進むような制度が整えばいいな、と思っています。

そしていつの日かiPS細胞の研究が進み、下垂体の再生が可能となる日が来ることを願っています。

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