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患者さんの声16:アクロメガリー広報センター:ノバルティスファーマ

お母さんがいたから、ここまで歩んで来られました。

頭蓋咽頭腫下垂体機能低下症
吉井 幸さん 26歳
母 吉井 伸子さん 54歳

※年齢はインタビュー当時のものです

治療歴
4歳になる頃、頭蓋咽頭腫と診断され手術を受ける。このときの手術で視神経を傷つけ、左目が失明。
2年後に頭蓋咽頭腫が再発し、再手術。放射線治療も行う。これ以降、頭蓋咽頭腫は再発していない。
しかし頭蓋咽頭腫の後遺症で、下垂体機能低下症と知的障害に。甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモンの補充療法と尿崩症の薬を続け、16歳くらいから女性ホルモンの補充療法も始める。
20歳頃から5~6年間、うつ病を患うが現在はほぼ完治。
23歳からGHの補充療法もはじめ、以前より体調が良好になる。

4歳で頭蓋咽頭腫が発症。手術するも左目が失明。

(母親談)1988年、娘が4歳になる頃、頭痛を繰り返し訴えるようになり、食欲はあるのに食べられない状態が続いたので、小児医療専門病院へ連れて行きました。2回目の診察時に、CT検査で頭蓋咽頭腫が見つかりました。頭蓋咽頭腫は小児に多い脳腫瘍の一種で、良性ですが下垂体や視神経のすぐ近くにできるのでそちらへの影響も心配される病気です。

すぐに手術を受けましたがその手術で視神経を傷つけてしまい、腫瘍による圧迫で元々視野が狭くなっていたところに左目は失明してしまいました。

2年後にはまた腫瘍ができたので、再手術。これ以上の再発を防ぐために、1カ月間の放射線治療も受けました。

頭蓋咽頭腫の後遺症で、下垂体機能低下症と知的障害に。

その後、頭蓋咽頭腫の再発はなくなりましたが、娘には下垂体機能低下症と知的障害の後遺症が残りました。また、下垂体から指令の出るほとんどのホルモンが分泌されていないため、ホルモン補充療法が必要でした。

幼少の頃から補充を開始したのは、体調を整えるのに欠かせない甲状腺ホルモンと副腎皮質ホルモンです。それでも体温調節がうまくできず、冬は指先が紫に変色する、夏は汗をかけないので体温が38℃に上がる、倦怠感・疲労感がひどいなどの症状にずっと悩まされてきました。

検査ではGHの分泌も少なかったのですが、低身長ながらも身長は伸びていたので、GHの補充はしませんでした。しかし、第二次性徴がなかったため、高校生の頃から、女性ホルモンの投与を始めました。

大人でもGHが必要と知り、23歳から補充療法を開始。

GHの補充をはじめたのは、娘が23歳の頃です。成人のGH投与が保険適用になり、担当医から勧められたのがきっかけです。このときGHにはいろいろな役割があり、成長期だけでなく大人にも必要なホルモンであることを初めて知りました。そして実際にGHを補充すると、目に見えていろいろなことが変化したのです。体に巻きついていた脂肪がとれ、筋肉がつき、発汗もできるようになりました。

(本人談)検査したその日に突然、体が生き返った感じでした。背負っていた重いリュックを下ろしたように体が軽くなり、スキップしたくなりました。

わかりにくい病気の辛さを乗り越えて。

この病気は他人にはわかってもらえない病気です。特に小・中学校時代は担任の先生に体調の悪さを理解してもらえず、単になまけていると誤解されて親子共々辛い思いをしました。

(本人談)クラスメートにいじめられ、泣いて帰ることもありました。そんなときお母さんはいつもそばにいて、私の本当の気持ちをわかるまで話を聞いてくれました。“このお母さん”だったから、私もここまで歩いて来られたのです。今、自分は幸せだなと思えます。

(母親談)長年、人に話しても理解されない孤独感があったので、「下垂体患者の会」の存在を知ったときは、迷わず参加しました。メンバーの多くはアクロメガリーの患者さんですが、ホルモンの過不足で体調をコントロールできないという意味では下垂体機能低下症も同じです。辛さを共有できる方々がいて、いっぺんに救われたような気持ちになりました。

(本人談)下垂体患者の会に参加した時は、もう一人の自分に会えたようなうれしさでした。一人じゃない、ということが何より心強かったです。みんなと一緒なら頑張れます。今、私と同じような病気で苦しんでいる人がいたら、その人にも言ってあげたいです。「これから一緒に頑張りましょう」と。

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