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患者さんの声2:アクロメガリー広報センター:ノバルティスファーマ

先生との出会いがなければ、私はどうなっていたのか…

林さん 70代

林さん 71歳**年齢はインタビュー当時のものです

治療歴
50歳のときに、極度の高血糖症状で会社内の診療所を受診。紹介された病院で先端巨大症と診断。
下垂体腫瘍摘出手術を受けるが、術後も高血糖症状が改善されなかった。
その後、会社の同僚から米国の病院に勤務されている日本人医師を紹介され、米国にて再手術。
約10年間、年に1回の頻度で米国の病院を受診。コントロール良好であり、以後は日本の病院にて注射による治療を継続中。

極度の高血糖で、ある日、突然、歩行が困難に

症状に気づいたのは50歳くらいの頃でしたが、症状と言うような、なまやさしいものではなく、手がグローブみたいに大きくなり、足も23cmだったのが26cmにまで肥大化しました。また、何かそわそわと落ち着かない状態で、頭痛がひどくて頭も全く働かない状態でした。そして、ある日、突然、歩いても前に進まない状態になったのです。

会社内の診療所を受診したところ直ちに病院を紹介されました。診断の結果は、先端巨大症。今まで聞いた事もない病名に、頭の中は真っ白でした。極度の高血糖状態のため、入院治療の必要性があると言われ、即入院しました。そして、下垂体腫瘍の摘出手術を受け、歩行できるようになり、めまいや頭痛などの症状は改善されましたが、血糖値のコントロールは良くならず、高血糖の状態が続いていました。

米国での治療に感謝

その後、幸運なことに会社の同僚から米国の病院に勤務されている日本人医師を紹介され、その先生の助言で覚悟を決めて渡米し、治療を受けることにしました。そこでは、私の病態から、摘出手術を受けること、術後半年くらいして傷がふさがった後に放射線治療を1ヶ月程度続けること、そして、その後は腫瘍の発生を抑えるため注射による治療を一生続けること、という3つの治療を1つのセットとしてすることをすすめられました。治療の内容は症状によって患者さんごとで異なると思いますが、私にはここで勧められた治療がとても合っていたように思います。最初は、日本ですでに手術を受けていたので、米国での下垂体腫瘍摘出手術には気が重かったのですが、1.5時間くらいの短い手術で、しかも手術後に舌の先で前歯の上と上唇の縫い合わせたところを左右へ触ってみたら、ツルツルで縫い合わせたのが全く解からなかったのには驚きました。その後は、年1回、病院を受診するために渡米し、10年間、治療を続けました。治療のためにアメリカまで1年に1回行くわけですから確かに大変でしたが、そのお陰で体がほとんど正常な状態に戻れたので、先生に出会えたことはありがたいことだったと思っています。私は英語が全くできませんでしたが、先生が診療の時も、入院の際も全て通訳してくれ、色々とアドバイスを受けられたので、自分の状態や治療の内容をきちんと理解しながら進めることができました。

医療費助成制度を利用しながら治療を続ける

症状が安定し、米国での治療が終了した後は、当初から診ていただいている社内診療所の先生に注射による治療をしてもらっています。一度だけ症状が安定しているので自己判断で治療を中断したところ、半年くらいして血糖値が上がってしまい、慌てて治療を再開したところ正常値に戻ったので、症状がなくてもきちんと通院し治療を続けないといけないことを実感しました。

現在は、2015年に施行された「先端巨大症の難病指定に伴う医療費助成制度」により、先端巨大症を専門的に診療している病院に転院して、治療を継続できています。

会社を退職してから10年近くになりますので、この制度が施行されたことによって医療費の負担が減ることは大変ありがたいことです。治療費を支払えなくなると、治療を続けたくても続けられませんからね。

今、元気に生きていることを伝えていきたい

発症当初は「この先どうなってしまうのか」という不安で頭がいっぱいになり、未来を悲観する想いも強かったのですが、20年たった今、これまでの時間を振り返ってみると、先生を信頼してきちんと治療することで、先端巨大症の症状は改善し、まったく普通に生活を続けられることを実感しています。そして、このことは、先端巨大症の経験者として、この病気に悩んでいる患者さんに最もお伝えしたいことです。

そのため、今は先端巨大症も含めた下垂体疾患の患者会に参加しています。治療などの専門的なことは話せませんが、発症から20年たった今もこうして元気に生きている自分の姿を1人でも多くの患者さんに見てもらうことができれば、それが何よりも勇気になるのではないかと考えており、参加されている患者さんやご家族と、できるだけ積極的にコミュニケーションを取るように心がけています。ただ、気がつくと、自分が勇気をもらっていることもあり、人は支え合いながら生きていることを心に刻める良い機会になっています。

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