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患者さんの声8:アクロメガリー広報センター:ノバルティスファーマ

アクロメガリーと乳がんと戦いながら。

松本 美恵子さん 47歳※年齢はインタビュー当時のものです

治療歴
35歳頃から頭痛が頻繁に起こり、ひどくなる。
37歳のとき甲状腺亢進症と診断され治療を受ける。また生理も止まる。
39歳のとき心肥大をきっかけにアクロメガリーと診断され経鼻的内視鏡下手術を受ける。
術後は、腫瘍の一部が残ってしまったため薬による治療を開始。
45歳のときに乳がんにかかり(アクロメガリーとの関連性は認められない)、乳房切除術および抗がん剤治療を受ける。がん治療との兼ね合いで医療費が負担となり、アクロメガリーの薬物治療を一時中断。
アクロメガリーが医療費助成制度の対象に追加されたため、2010年、薬による治療を再開。現在コントロール良好。

子供たちのことを考えると、怖くて病院へ行けなかった。

アクロメガリーとわかったのは39歳のとき。突然起きた喘息のような発作がきっかけです。

呼吸器内科でレントゲン検査をすると心肥大が見つかり、その場で入院となりました。カテーテル検査などで調べるうちに心臓自体に原因がないことがわかり、他の原因を探るために行った血液検査でGHが高いことが判明。

すぐに下垂体を専門とする医師がいる病院を紹介されました。先生に「こんな症状はなかった?」と聞かれた項目は、思い当たる節のあることばかり。その4年ほど前から頭痛が頻繁に起こるようになり、2年ほど前には手に震えが来て甲状腺亢進症と診断され、薬をもらっていました。1年半前には生理が止まりました。そのほか、高血圧、多汗、いびき、顔つきの変化…、すべてが該当していました。

実は、頭痛がひどくなった頃、周囲には受診を勧められましたが、怖くて病院には行けませんでした。「中学1年生を筆頭に、小5、小4と3人の子供がいるのに、今病気が見つかってはまずい」と思ったからです。また、頭痛薬を飲んで少し休むと頭痛が収まるので、それほど悪くはないのだろうと勝手に判断していました。

その他の諸々の症状も、太ったせい、更年期のせいと、都合の良い方に解釈していました。

治療面からも、経済面からも支えてくれる主治医に感謝。

手術は体に負担がないものでした。怖がらずにもっと早い段階で病院に行っていれば良かったです。術後は頭痛がすっかり収まり、心肥大も元に戻りました。ただ、静脈に触れている部分の腫瘍が取り切れず、術後は薬による治療を開始。GHの分泌を抑える注射薬で、GHをコントロールしていました。当時の治療費は高く、高額療養費の支給を受けても負担は大きく…。子供たちの教育費の足しにとパートの仕事をしていましたが、そんな余裕はなくなってしまいました。あるとき先生から「治療費が無料になるから治験を受けてみない?」と勧められ、現在は発売がされているGH分泌を抑える薬剤の治験に参加したものの、1年後に乳がんが見つかってしまいました。がんだと治験対象者から外されてしまいます。乳がんの手術代と抗がん剤で出費がかさみ、自費でアクロメガリーの薬物治療を続けることが難しくなってしまい、休薬することにしました。

GHが上がるとがんの進行に悪影響を及ぼすので本来なら続けるべきだと先生からも言われたのですが・・・。ただ、2ヵ月に1回、血液検査でGHの値だけは経過観察していました。2年ほどたち、GHが徐々に上がり心配になってきた頃、先生が「松本さん、いい知らせですよ、アクロメガリーが医療費助成の対象になるんです」と教えてくださり、GH分泌を抑える注射薬による治療を再開することができました。私が通っている病院では、執刀医がそのまま主治医となってずっと診てくださるため、安心感があります。乳がんになったときも相談に乗ってくださり、経済面でもいろいろ助け舟を出してくださり、本当に感謝しています。専門の医師にたどりつくだけでも大変な病気と言われているのに、私はすぐに良い先生に巡り合えて幸運でした。

平静に保てているのは、家族のおかげ。

アクロメガリーと乳がんを比べると、乳がんの方のショックが大きく、なかなか立ち直れませんでした。でもどちらの病気のときも救われたのは、家族が心配を表に出さず普通に生活してくれたことです。夫は慌てずどっしり構えてくれ、同居している夫の母は私の入院・療養中の家事をすべて受け持ってくれ、子供たちもいつも通りでいてくれました。だから私も平静を保つことができたのです。健康だったときは自分一人が家族を支えているような気でいましたが、病気をしてみて家族はお互いに支え合っているのだということに気づかされました。

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