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患者さんの声5:アクロメガリー広報センター:ノバルティスファーマ

体調も良く、「以前より前向きになった」と家族から言われます。

工藤 幸子さん 66歳※年齢はインタビュー当時のものです

治療歴
41歳で生理が止まり、噛み合わせの悪化や関節の痛み、視野の狭まりなどを自覚するように。
55歳でアクロメガリーと診断、経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術を受ける。術後、GH・IGF-1ともにコントロールが良好になったものの、プロラクチンの数値があがり、プロラクチンの分泌を抑える薬を服用しながら経過観察。
58歳のとき放射線治療(ガンマナイフ)を受ける。
61歳のとき再度、GHが上がってきたので、GHの分泌を抑える薬も開始。
現在は、コントロール良好なため、主治医と相談し、薬の用量を減らし治療中。

病気のサインだった早期閉経からアクロメガリー発見まで、14年。

体の不調を感じ始めたのは、病気が発見される14年前のこと。41歳で生理が止まったのです。さらに噛み合わせが悪い、腕や指の関節が痛い、視野が狭くなったなど気になる変化が起こりその都度いろいろな診療科を受診しましたが、「早めの閉経」とか「リウマチ」などと診断され、本当の原因にはたどり着けませんでした。

また、指輪が入らなくなり、靴のサイズが2cmも大きくなるなど、今考えればおかしいなと思うことも…。体重も10kg近く増えましたが、更年期だからしかたないとあきらめていました。

55歳になって風邪が5カ月も治らないことがあり、友人の勧めで総合病院の内分泌内科を受診しました。すると先生が私の顔を見るなり、「血液検査とMRI検査を受けてください」と言うのです。その結果、血液検査ではGH、IGF-1が基準範囲より高いことがわかり、MRI検査では下垂体に3cmの腫瘍が見つかり、アクロメガリーと診断されました。いろいろな症状が体のあちこちにあったものの、まさか脳の病気だとは想像もせず…。治らない風邪の相談のはずが突然こんな診断を受けショックで、その日はどうやって家まで帰ったのかも覚えていません。

手術、ガンマナイフ、薬物治療を経て、コントロール良好。

すぐに下垂体を専門とする脳神経外科の医師を紹介され、手術を受けました。術前は自分では顔つきの変化を自覚していなかったのですが、驚いたことに、手術後数日で風船がしぼむように顔が小さくなった感覚がありました。実際に、目や鼻の腫れぼったさがとれ、唇も薄くなったのです。

GH、IGF-1ともにコントロール良好にはなりましたが、視神経に近いところに腫瘍が残ってしまったため、手術の3年後に放射線治療(ガンマナイフ)で残りの腫瘍を数ミリ程度にまで小さくしました。本当はもっと早く受けても良かったのですが、アクロメガリーの手術をした同じ年に、立て続けに鼻腔乳頭腫、肺炎、不整脈などで6回も入退院を繰り返したため、しばらく間を置きたかったのです。鼻腔乳頭腫はがん化する可能性もあるらしいのですが、アクロメガリーで入院中に見つかり運が良かったです。

手術後しばらくはプロラクチンの分泌を抑える薬のみを服用していましたが、61歳のときGHの数値も上がってきたので、GHの分泌を抑える筋肉注射も開始しました。この注射を始めてから、さらに顔が徐々にすっきりし、元に戻った感じがします。 GHのコントロールも良好で、今は当初よりも用量を半分に減らしてコントロールができています。

残された人生を一生懸命生きよう。

娘からは「病気をしてから、お母さん前向きになったね」と言われます。厄介な病気を乗り越えて今はせっかく元気になったのだから、残りの人生を一生懸命生きていこうと思っているからかもしれません。

55歳から始めた近所の保育園での夕方3時間の仕事も、園長先生(この方が最初に内分泌内科への受診を勧めてくれた恩人です)から望まれる限り、続けるつもりです。また、通院の日には娘も一緒に付いて来てくれて、帰りに二人でショッピングや観劇を楽しむことにしています。今の生活をこのように前向きに楽しめるのも、母娘の時間を大切にするのも、病気という経験のおかげです。

私が6回も入退院を繰り返したあの1年で、本当に家族のきずなが強くなったように感じます。勤めから帰って夕飯を作り、翌日のお弁当まで作り、洗濯などの家事を深夜までこなしてくれた娘、それをサポートしてくれた夫や息子。家族がまとまってくれたから私も安心して治療を受けることができました。家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

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